鞠智城
7世紀の城塞で、高さ15.8mの八角形の木造鼓楼が立ちます。公園と資料館は無料です。
7世紀後半、約1,350年前に、ヤマト朝廷が築きました。663年の白村江の戦いで唐と新羅に敗れたあと、西日本に築かれた山城のひとつで、武器や食料を九州の行政の中心・大宰府へ送る拠点でした。史書にも登場し、698年には朝廷が大野・基肄・鞠智の三城の修理を命じています。標高90〜171mの丘にあり、山鹿と菊池にまたがります。周囲は3.5km、面積は約55haで、東京ドーム12個分にあたります。1967年に始まった発掘調査で72棟の建物の基礎が見つかり、うち4棟は八角形の建物の跡で、県は、日本の古代山城に類例がないとしています。1994年度から4棟の建物が復元され、入口の資料館は2002年に設けられました。2004年2月27日に国の史跡に指定され、2017年4月6日には「続日本100名城」(189番)に選ばれました。武士の城ではありません。
熊本県