原爆ドーム
2025年、近代の遺跡として初めて特別史跡に指定されました。
平和記念公園の北端、元安川のほとりに保存されている遺構です。1915年、チェコ人建築家ヤン・レツルの設計で、広島県産業奨励館として建てられました。当初は取り壊される予定でしたが、楮山ヒロ子の日記から始まった運動によって残されました。ヒロ子は1歳のとき爆心地から1.3kmで被爆し、1960年に16歳で白血病のため亡くなっています。日記には、あの痛々しい建物だけがいつまでも原爆のことを世界に訴え続けるだろう、と書かれていました。子どもたちの会「広島折鶴の会」がその訴えを受け継ぎ、1967年の保存工事につながりました。1996年にユネスコの世界遺産に登録され、2025年9月18日には、明治以降の建造物として日本で初めて、国の文化財保護で最も格の高い特別史跡に指定されました。
広島県
本通駅、県庁前駅