方広寺(正式名: 深奥山方広萬寿禅寺)
1371年の創建です。仏弟子の像が500体あり、一体ごとに顔が違います。
禅僧の無文元選(1323〜1390)は1350年に中国から帰国し、1371年、地元の領主・奥山六郎次郎朝藤に招かれてこの寺を開きました。朝藤は60町(約60ha)の土地と建物を寄進しています。寺名を方広寺としたのは、ここの景色が、若いころに訪れた中国・天台山の方広寺に似ていたからです。無文は1390年、68歳でこの地で亡くなりました。1881年の大火で伽藍の大部分が焼け、その後再建されました。焼け残ったのは開山の墓、七尊菩薩堂、開山の像(創建当初のもの)、そして守護神・半僧坊を祀る堂です。このことから、寺とゆかりのあるこの守り神への信仰が日本中に広まりました。五百羅漢は、無文の中国での逸話に心を動かされた僧・拙巌の発願で始まり、多くの信者の寄進によって1770年に完成しました。今も、新たな寄進で新しい像が加えられています。
静岡県
奥山、奥山小学校前、奥山東