池袋
サンシャイン60が建つのは、1948年に巣鴨プリズンで7人の戦争犯罪人が絞首刑となった場所です。
池袋は農村として始まり、地価の安さもあって、大正・昭和期に商業地へと発展しました。1932年には豊島区の一部となります。巣鴨プリズンは、連合国の占領下(1945〜1952年)で戦争犯罪の容疑をかけられた約2,000人の日本人を収容しました。1962年に閉鎖、1971年に取り壊され、1978年にその跡地にサンシャイン60が建ちました。1980年代からは駅の北側が東京の中国系住民の主な集住地となっていますが、規模は横浜より小さいです。
東京都
池袋駅