高円寺
1987年からは古着屋、1975年からはステージがなく客と同じ床で演奏するライブハウス「JIROKICHI」があります。
駅は1922年、のちに中央線となる路線に開業し、1964年から高架駅になっています。街は1945年4月の空襲でほぼ全焼しました。戦後、駅の両側の商店主たちが復興計画をめぐって対立し、1957年にその子どもたちが街をひとつにしようと踊りを始めます。冗談まじりに「バカ踊り」と呼ばれたこの踊りが、今の阿波おどりになりました。同じころ、音楽の街としての顔も生まれます。1968年にロック喫茶「ムーヴィン」が開店し、1972年にはシンガーソングライターの吉田拓郎が曲「高円寺」を発表して、この街をフォークとロックに結びつけました。1975年には、日本で最も早いライブハウスのひとつ、JIROKICHIが開店します。1980年代からは古着屋が同じ客層を追うように増え、1987年の1軒目から2000年代初めには200軒になりました。今も100軒以上が残り、特にパル商店街に集まっています。
東京都
高円寺駅