さくら湯
2012年に紙の模型をもとに再建されました。元の図面は何も残っていませんでした。
1640年、熊本藩初代藩主の細川忠利が、山鹿の湧き湯のそばに御茶屋を建てさせました。藩の記録には、落成の祝いに剣豪の宮本武蔵を招いたとあります。1872年には、地元の有力者2人が出資して大規模に改築し、公衆浴場になりました。1898年には、四国の名湯・道後から来た棟梁が唐破風の入口を加え、1929年には南への増築で、北と南に入口が一つずつある十字形の平面が完成しました。1971年の大火のあと、1973年に都市再開発のため解体が始まり、1975年に浴場は近代的な建物の中に移されて、2009年11月まで営業を続けました。図面はもう残っていませんでした。設計の手がかりになったのは、解体前に灯籠師の徳永正弘氏が瓦1枚ずつまで再現してつくった紙の灯籠、山鹿灯籠(山鹿で知られる工芸)です。浴場は2012年11月23日に再開し、観光サイトでは、江戸時代の建築様式を取り入れた九州最大の浴場として紹介されています。
熊本県
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