鳥取城跡・久松公園


1581年、秀吉による包囲。2か月後には、飢えから草の根や死体まで口にしていました。
久松山(263m)に築かれた16世紀の山城で、戦国時代でもっとも過酷な兵糧攻めの標的になりました。1581年10月、馬も木の皮も草の根もすでに尽きたのち、城将の吉川経家は秀吉に降伏し、城兵を救うために自害しました。江戸時代には池田光政が、姫路城の工事にすでに携わっていた職人を使って城を拡張しました。今も残る「巻石垣」は、地滑りを防ぐために1807年ごろ築かれたもので、表面が曲面になった石垣は日本でここだけです。天守は一度も再建されていません。
江戸時代を通じて鳥取藩32万石の居城でした。明治維新で取り壊され、今は石垣、堀、天守台が城跡として久松公園に残っています。2006年に日本100名城(63番)に選ばれました。周りには約240本のソメイヨシノがあります。
ℹ️ 入場無料の公園で、24時間開いており、休園日はありません。残っているのは城跡だけで、有料で見学できる復元天守はありません。近くの仁風閣(1907年のクイーン・アン様式の建物)は料金と開館時間が別にあり、公式サイトで確認が必要です。桜の見頃はおおむね3月下旬〜4月上旬です。
🚉 鳥取駅 · 徒歩30分
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