爆心地・島病院(原爆被災説明板)

1945年8月6日8:15、この地点の上空600mで原爆が炸裂しました。
島内科医院の壁にある説明板が、1945年8月6日8:15にエノラ・ゲイが約600mの上空で原爆を炸裂させた、その真下の地点を示しています。当時ここにあった病院では約80人が亡くなりました。院長は訪問のため外出していて助かりました。口コミによると、通行人は気づかずに前を通り過ぎていくそうです。遠くからは何も目に留まりません。
平和記念資料館の説明板「爆心地・島病院(原爆被災説明板)」は、1945年8月6日の爆発の爆心地を示しています。場所は当時の島病院(1933年8月31日開院、現在の島内科医院)の上空にあたります。説明板によると、テニアン島を飛び立ったB-29エノラ・ゲイが投下した原爆は、この地点の約600m上空で炸裂しました。地上の温度は3,000〜4,000°Cに達し、爆心地から100mの地点では爆風が秒速約280mで吹きました。病院では約80人が亡くなり、訪問のため外出していた院長は生き延びました。
ℹ️ 屋外の公共の壁に掲げられた説明板で、いつでも見られます。時間の制限も入場料もありません。都心の大通りから外れた脇道にあり、口コミでは、気づかずに前を通り過ぎてしまうと指摘されています。
🚉 本通駅 · 徒歩5分
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